|禿《とく》王朝設立から二百年、領土の各地では人知を越える現象が起きていた。それに対抗するため、才能ある者たちが修行を重ねる場所が三ヶ所|設《もう》けられる。
その内の一つが町の中にあった。【|澤善教《アイゼンキョウ》】という町で、とてものどかで平和な場所である。
そんな町は気高き山に囲まれ、他者からの侵入を|阻《はば》むようにできていた──
「──いらっしゃい。できたての|包子《パオズ》あるよー!」
青空に雲がふわふわと浮き、太陽が眩しく地上を照らす日中。町中は人々の活気で賑わっていた。
湯気が暖かさを感じる包子、食欲をそそるような肉汁が|滴《したた》る餃子など。野菜や肉の匂いが鼻をくすぐり、お腹を鳴らす者もいた。
数多くの出店が町の中心を陣取り、人々はそこを訪れる。そんななか、町の東側にある朱色の屋根の建物の前にも客が列をなしていた。建物には【|龍麗亭《りゅうれいてい》】と、書かれている。
店の前には白い|漢服《かんふく》を着た女性が何人かおり、客たちに献立表を見せていた。
「二名のお客様、どうぞー……あら?」
女性店員が客を捌いていく最中、店の前を一つの集団が横切る。
それは黒い|漢服《かんふく》を着た男性たちだ。皆が一様に、首に黒い勾玉をかけている。髪型はそれぞれ違うものの、服と勾玉だけは同じだった。
そんな集団の一番後ろ……彼らから数歩後ろに、一人の男性がいる。男性は集団の中でも一際目立つほどに背が高かった。長い黒髪を三つ編みにした姿、そして何よりも、整った美しい見目が人目を|惹《ひ》く。
「……アイヤー。一番後ろにいる男の人、とってもいい男ね」
女性店員は思わず声にしてしまった。すると男性は彼女を見、横目に笑顔を浮かべる。
女性店員は顔を真っ赤にさせながら、去っていく彼へと「今度来てねー。割引するからー!」と、気持ちのよい楽しげな声をあげた。瞬間、同じ店員の女性に腕を掴まれてしまう。
「ちょっとあんた!」
腕を掴んだ店員は慌てて彼女を店の中へと引っぱった。
「あの人たちの事、知らないわけ!?」
「先輩、知ってるんですか?」
引っぱられた方はきょとんとしている。先輩と呼ばれた店員はため息をつく。
「あの人たちは【|黒族《こくぞく》】って云う、三大|仙族《せんぞく》の一つよ。あの黒い衣と、勾玉をつけているのが特徴よ」
「あ、それ聞いた事あります。術を専門にした、仙人様たちですよね?」
何が嬉しいのか、腕を掴まれた彼女は頬を赤らめて男を見つめた。
「はあー……綺麗な男性がいっぱいですよね。特に、あの一番後ろにいる人……」
後光が差してるような気がすると、うっとりしてしまう。
「……えー? 確かに綺麗な人たちかもだけど、後光が差すほどじゃないでしょ?」
あんた目が悪いんじゃないのと、女性店員の視力を疑った。
女性店員は先輩の方がおかしいと文句を言い、彼らを指差した。しかしその直後、女性店員はあれと首を傾げてしまう。
「……さっきまでいたのに」
男性の集団はいた。けれど|肝心《かんじん》の|後光《ごこう》が差してると告げた男の姿が消えている。どこにいったんだろうと周囲を見渡すが姿は見えず。
「どうでもいいけど、仕事サボるんじゃないわよ?」
「あ、はーい!」
女性店員はまあいいかと、仕事へと戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆
町の|隅《すみ》に細道がある。両脇は家屋に囲まれており、ギリギリ一人が通れるであろうほどに|狭《せま》い。そこは薄暗く、太陽の光さえ当たらない場所だ。けれど……
ふわりふわりと、赤や黄色の花たちが舞う。そんな花たちは、両手を伸ばしたある人物の手のひらへと落ちていった。
「──お帰り」
声の主が|囁《ささや》けば、風もないのに花びらが揺れる。たった一言だけれど、花たちはまるで意思を持っているかのように柔らかく動いた。
華やいでいるわけではない。されど美しい。
そんな光景が広がっていた。
「……あ、そろそろ戻らないと」
声の主は薄暗い場所から身を乗り出す。
陽の光を直に受ければ、声の主の姿が明るみになった。
百六十センチ前後の身長、それでいて|痩《や》せこけている。肌は恐ろしいほどに白く、とても健康的とは言えない。
瞳を隠すほどに伸びた黒い前髪は|櫛《くし》すら通りにくそうなほどに量があり、少し白髪が混じっていた。そして後ろは地につくほどに長い。
上から黄、下にいくにつれて白くなる|漸層《グラデーション》の|漢服《かんふく》に身を包んでいた。けれどいたるところに穴が開き、破れてすらいる。
一見すると老人、けれど声質からして子供のようだ。
そんな小柄な人物はふうーとため息を吐き、指に長い髪を巻きつける。
──|姐姐《ねえさん》たち、怒ってるかな。黙って出てきちゃったし。
そこまで考えて首を左右に振った。手に持つ花たちをバッと、空中へ放り投げる。小柄な人物は花たちに背を向け、両目をきつくしめた。花びらの|淋浴《シャワー》を浴びながらため息をつく。
「いつかは僕も……」
首にかけてある紐をそっとなでた。白く細い指が|紐《ひも》の先へと辿り、薄汚れた|勾玉《まがたま》を握りしめる。
両目を髪で隠しながら立ち上がり、両手を空へと|掲《かか》げた。
すると近くにあった|灯籠《とうろう》がカタカタと揺れる。けれど、小柄な人物は気にする素振りすら見せない。むしろ始めから知っているかのように、ふふっと笑った。そして両手を大きく拡げる。
|瞬刻《しゅんこく》、どこからともなく、いくつもの花が飛んできた。
赤の|牡丹《ぼたん》、桃色の梅、大輪の花である|蓮《はす》など。美しい花たちがふわりと落ちてきた。
「…………」
細い指で花たちに触れる。すると|牡丹《ぼたん》は透明な水、梅は炎の一欠片へと変わった。|蓮《はす》は重たい岩へと|変貌《へんぼう》し、その場にゴトリと鈍い音をたてて落下する。
小柄な人物は驚くことすらせず、さも当たり前のようにそれらを見た。そして何事もなかったかのように|踵《きびす》を返し、立ち去ろうとする。
ふと、上から影が落とされた。何だろうと振り向いた瞬間──
「──ねえ、何してるの?」
低く、それでいて妙に耳に残る、優しい声が聞こえた。
|華 閻李《ホゥア イェンリー》は両拳を強く握る。高鳴る鼓動、震える唇、そして熱くて透明な涙。それらが視界を|滲《にじ》ませていった。「──|小猫《シャオマオ》、ただいま。遅くなってしまってごめんね?」 三つ編みの男、|全 思風《チュアン スーファン》は、ゆっくりと|愛《いと》し子の元へと歩いていく。美しい景色になっていた地を見て驚きながらも、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の前で足を止めた。「扉の中からこっちへくる方法がなかなか見つからなくて……|麒麟《きりん》たちの力を借りて、ようやくこっちに戻ってこれた……って、|小猫《シャオマオ》!?」 嬉しそうに語っていたが、目の前にいる|愛《いと》し子の涙に戸惑う。オロオロと、泣かしてしまったことへの罪悪感が、彼本来の冷静さを吹き飛ばした。 動揺しながら愛し子へ、どうしたのかと尋ねる。「し、|小猫《シャオマオ》!? 本当にど……」「|思《スー》ー!」 彼の言葉を|遮《さえぎ》るように、愛し子に抱きつかれた。ぎゅうっと、彼の逞しい腰に手を伸ばし、ひたすら泣く。「ど、して……僕、ずっと、待って……何で……」 伝えたい、|云《い》いたいことを、上手く言葉にできないのだろう。涙でぐちゃぐちゃになった顔を彼の胸に埋め、中性的な声を響かせた。「|小猫《シャオマオ》……」 ──ああ、泣かせてしまった。この子を泣かせちゃいけないって、ずっと思ってたのになあ。 はははとから笑いする。けれどすぐに神妙な面持ちになり、愛し子を優しく抱きしめた。「待たせてしまってごめんね」「|思《スー》なんか嫌い! 大っ嫌い!」 そう|云《い》いながらも、彼から離れようとしない。むしろ引っつき、ぐりぐりと顔を埋めていく。 ──|小猫《シャオマオ》、嬉しいんだけど……三年の間に距離感、おかしくなってないかい? そう思ったが、口にしてしまえば怒られるだろうと、喉の奥にしまう。 ふと、愛し子を見た。が、彼は固まってしまう。 愛し子が、かわいらしい|見目《みめ》で上目遣いをしているからだ。大きな瞳に|艶《つや》のある唇、火照った頬など。そして漂うほどのいい匂い。みずみずしいほどの|鎖骨《さこつ》や、|科《しな》を作る腰など。あらゆる箇所から神秘的で|儚《はかな》く、美しい色香を|伴《ともな》っていた。 そんな愛し子に
扉の事件から約三年後、|禿《とく》王朝は変わっていった。 現王である|魏 曹丕《ウェイ ソウヒ》は、事件の真実……|玉 紅明《ユゥ ホンミン》のことを民に黙っていた。そのことに民は怒り、|魏 曹丕《ウェイ ソウヒ》は|失脚《しっきゃく》。現在は皇帝不在という、|國《くに》にあってはならぬ状態となっていた。 それでも民は頼りない王など要らぬと、さして驚きはしない。 そして変化があったのは人だけでなかった。仙人という、人知を越えた能力を持つ者たちも同様である。 白、黄、黒。この三仙は|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》と|黄 沐阳《コウ ムーヤン》を筆頭とし、ひとつの族へと|統合《とうごう》した。 荒事や戦場は、武人でもある|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》が担当。 事務や経理などの、頭を使う仕事は|黄 沐阳《コウ ムーヤン》が担っていた。 ふたりはときおり意見の食い違いで衝突することもあるが、口喧嘩だけで終わる。あの戦いをくぐり抜けた者同士、何かを感じるようだ。ふたりは何だかんだいっても、お互いの足りない部分を補って族を引っぱっていく。 すべての元凶を知り、数々の嘘を重ねてきた|爛 春犂《ばく しゅんれい》。彼もまた、先へと進むためにある決断をした。 それは……「……もう、寝たい」 豪華な机に両肘をつけ、深々とため息をつく。天井を見上げれば、非常に高い位置にあった。|國《こく》外から仕入れたという|枝形吊灯《シャンデリア》というものが、明るい光を出している。「押しても押しても現れる仕事……私を殺す気か?」 机の上に山のように積まれた竹筒は、|捌《さば》いても増えていった。 この状況に嫌気がさしてきたのか、|爛 春犂《ばく しゅんれい》は無表情になる。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》は、すべての始まりである|殷《いん》王朝時代からの生き証人であった。それを知る者はごく|僅《わず》かである。けれど長きに渡り人々を|騙《だま》し、|國《くに》を|窮地《きゅうち》に追いこんだ人物でもあった。 だからこそ彼の正体を知る|黄 沐阳《コウ ムーヤン》たちは、この任務を与えたのだ。それは皇帝の代わりとして、|印鑑《いんかん》押しという業務をこなす。だった。 彼もそれを|承諾《しょうだく》し、今にいたる。とはいえ、彼は皇帝ではなかった。本当の意味での皇帝業務
|全 思風《チュアン スーファン》は微笑みながら首を左右にふった。 隣には|牡丹《ボタン》をはじめとした、|神獣《しんじゅう》たちがいる。|牡丹《ボタン》と|椿《つばき》は動物のように鳴きながら、|麒麟《きりん》に|慰《なぐさ》められていた。けれど、決して子供の元へ駆けよることはしない。 そんな|神獣《しんじゅう》たちを横目に、彼は苦く笑んだ。愛する子である|華 閻李《ホゥア イェンリー》を見、穏やかに微笑む。「|小猫《シャオマオ》、君の部屋に行って一緒に眠ったとき、私は|焦《あせ》ったんだよ。だって、好きな子と一緒の|床《ベッド》で寝る事になるんだから」「……|思《スー》」 |黒 虎明《ヘイ ハゥミン》に横抱きにされたまま、子供は声を絞りだす。「君の服を買って、一緒に野宿もして。ご飯をいっぱい食べた事には驚いたけど、それでも全て可愛いなって思ったんだ」「す……」 体力の消耗が激しいようで、少年は彼の名を呼ぶことができなかった。それでも両目だけは開けておかなきゃと、苦しさを堪えて彼を見つめる。 彼は子供の素直さに、ふふっと笑んだ。天を見上げれば、|硝子《がらす》のようにひび割れが起きている。ときおり、パラパラと粉末のようなものが落ちてくるが、視線を子供へと戻した。「……扉の中は間もなく、元へと戻るだろう。だけどそうなったら君たち人間は、ここにはいられないんだ。私や|麒麟《きりん》たちのように、人ではない者だけが住める。それが扉の中……|桃源郷《とうげんきょう》の正体だ」 一連の事件は全て、|桃源郷《とうげんきょう》を求める者が起こしていた。けれどその者ですら、この扉の中全てが|桃源郷《とうげんきょう》にあたるとは知らなかったよう。 闇に|蝕《むしば》まれていた|四不象《スープーシャン》は両目を大きく見開き、小首を傾げていた。「──|黄 沐阳《コウ ムーヤン》、私はあんたを認めるよ。あんたが頑張って変わろうとしている姿を、しっかりと見てきたからね」 ふと、彼は|黄 沐阳《コウ ムーヤン》を凝視しする。 黄色の|漢服《かんふく》を着た青年は、突然|誉《ほ》められたことに慌てふためいた。けれどすぐに姿勢をただし、両手を|漢服《かんふく》の|袖《そで》の中で組んで頭を下げる。「ありがとうございます。|冥界《めいかい》の王よ。あなたの|助力
|彼岸花《ひがんばな》から生まれたそれは、|華 閻李《ホゥア イェンリー》が得意とする武器であった。それが無数に連なり、|弾《たま》が発射される。 |黒 虎明《ヘイ ハゥミン》は大剣を盾にして、それらを弾く。しかし彼の持ち味は力強さにある。細かな動きは不得意なため、すべてを弾き返すことは無理であった。打ち洩らしたそれは先のない空間へと飛んでいく。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》はそんな彼とは違い、素早さを生かした攻防を繰り広げていた。目に見えぬほどの速さで剣を抜き、居合いで|弾《たま》を切り刻む。それでも次々と向かってくる|弾《たま》に、札を用いて応戦した。 |黄 沐阳《コウ ムーヤン》は札で結界を張り、後ろにいる少年を守っていた。眠り続ける子供、そして|朱雀《すざく》と|四不象《スープーシャン》。ひとりと二匹が微動だにしない状況で、結界を作り守護することが精一杯のよう。 額から汗を流し、くっと眉を曲げた。 |麒麟《きりん》たち|神獣《しんじゅう》はそんら彼を助けるため、|弾《たま》の的になりながら避けている。 ──数では、圧倒的にこちらが有利だ。でも相手は|小猫《シャオマオ》の霊力と能力を使っている。前に|爛 春犂《ばく しゅんれい》が、【霊力や術でなら|小猫《シャオマオ》の右に出る者はいない】って云ってたけど。まさかそれが、こんなかたちで現れるなんて…… どんなに|屈強《くっきょう》な仙人であっても、戦闘経験豊富であっても、神に近い存在の獣たちであっても、|華 李偉《ホゥア リーウェイ》というひとりの子供には勝てない。 純粋に闘った場合、勝てはしない。 |非凡《ひぼん》な才能を持つ子供のことを、この瞬間に誰もが恐ろしいと考えていたようだ。少年への評価が、守られるだけの子供から強者へと変わっていく。「……|小猫《シャオマオ》、皆、君の
闇に飲みこまれ、全てを閉ざした|華 閻李《ホゥア イェンリー》は、山よりも高い|彼岸花《ひがんばな》の中に隠れてしまった。 開花すらしない花は力の暴走を始め、扉の中にある世界に異変を|催《もよお》す。 彼らがいる真っ白だったこの場所は、地獄のようにドロドロとした空間になっていった。地、空、空気。それらが全て、漆黒へと|変貌《へんぼう》してしまう。 けれどそれは、扉の中だけに|留《とど》まることはなかった。『──王様、人間界の様子がおかしい!』 いち早くそれを察知した|麒麟《きりん》は、急いで|白虎《びゃっこ》と|青龍《せいりゅう》を集める。 |白虎《びゃっこ》の|牡丹《ボタン》は地面に大きな円を描いた。|青龍《せいりゅう》の|椿《つばき》はそこに青い|焔《ほのお》を吐く。そして|麒麟《きりん》が一声鳴いた。 瞬間、円は鏡のようになる。そこに映るのは人間たちの住む世界の光景だった。 水の都である蘇錫市(そしゃくし)を始め、|黄家《こうけ》のある町など。今まで|全 思風《チュアン スーファン》が、子供とともに訪れた町や関所などが映しだされていた。それらの地域は数々の|災厄《さいやく》に合いながらも、何とか立て直すことに成功している。 しかしその成功が、|脆《もろ》くも崩れていく瞬間が映っていた。 地をはじめ、建物や木々など。あらゆる箇所に蒼い|彼岸花《ひがんばな》が現れていた。あるだけで、それ以上のことはない。 けれど、なかには開花しているものもあった。そしてそれに触れた瞬間、人も動物も、生きている者は全て、|殭屍《キョンシー》へと成り果てていく。当然彼らに噛まれた者は感染し、|増殖《ぞうしょく》していった。「……な、何だこれは!?」 |爛 春犂《ばく しゅんれい》たちは驚愕する。|黄 沐阳《コウ ムーヤン》は両目を丸くし、|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》に至っては悔しげに地面をたたいていた。『わからない。わからないけど……|拙《せつ》が体を借りてた女の子を育ててくれてる人たちが、叫んでたんだ』 少女に恩がある|麒麟《きりん》は、彼女の家族となった者たちを密かに守っていた。|麒麟《きりん》の霊力をその人たちに与え、何かあれば気づくように細工をする。 たったそれだけのことだったが、今回は役にたったようだと説明した。 『でもさ。どうなっ
落ちてきた鳥は|朱雀《すざく》だった。ボロボロな|身体《からだ》に、呼吸をするのも苦しそうだ。「鳥さん、大丈夫?」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》はひとりぼっちの寂しさもあり、鳥へと手を伸ばす。 触ってみれば日差しのように暖かい身体だが、|艶《つや》はなかった。安物とまではいかないが、お世辞にも毛並みがいいとはいえない。 それでも子供はひとりぼっちの寂しさから逃れようと、鳥を抱きしめた。ほわほわとした、ほどよい暖かさが子供の頬を緩める。「……ねえ鳥さん。僕ね、大切な人に裏切られてたんだ。信じてた人だった。だけど……」 親を殺した事実を知り、|全 思風《チュアン スーファン》という男を信用できなくなっていた。今までの笑顔や優しさ、温もりすらも嘘だったのだと、涙を交えて語る。 鳥をギュッと抱きしめ、その場で膝を抱えた。首にかけてある汚れた|勾玉《まがたま》を握り、視界が見えなくなるまで泣く。 勾玉を首から外し、唇を噛みしめた。「こんな物──」 必要ない。嘘つきがくれた物なんか持っていたくない。そんな思いをぶつけるように、|勾玉《まがたま》を投げようとした。 瞬間、鳥が慌てた様子で子供をとめる。バタバタと翼を前後に動かし、首を勢いよく左右にふった。「……何で、とめるの?」 子供の両目から滝のように流れる涙を、鳥は自らの翼で|拭《ふ》く。ふわふわとした羽が心地よいのか、子供は涙を止めた。「どうして? だってこれ……っ!?」 そのとき、少年は突然、強烈な頭痛に襲われる。頭を押さえ、その場に倒れた。心配するかのように近よる鳥に、弱々しく大丈夫だからと伝える。やがて子供は不可解な頭痛に襲われた── † † † † えーんえーんと、賑やかな町中で、ひとりの幼子が泣いている。銀の髪に美しい見目をした子供だ。幼子の足元には猫のぬいぐみが転がっている。 行き交う人々は幼子を一瞬だけ見た。それでも気にすることなく、次々と人々は流れていく。「|爸爸《パパ》、|妈妈《ママ》ぁ、どこぉー?」 どうやら迷子のようだ。泣きながらぬいぐみを抱きしめ、大きな瞳を涙でいっぱいにしている。人形のように|精巧《せいこう》な外見を持つ幼子は小さな体に似合わず、声を大きくして両親を呼んだ。「──ねえ、何をしているんだい?」「……っ!?」 泣き崩れる幼子へ影が落ち